大都市の小建築──「貧しいプロジェクト」への理論的考察
初出:第16回表象文化論学会研究発表大会(2022年)
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はじめに
都市化によって生み出される建物・インフラは、資本を順調に機能させるための土台であると同時に、莫大な過剰資本を長期にわたって都市そのものに吸収させる経済的なプロセスでもあった。金融機関の発達と国家の促進政策を背景にした資本の投入は投機の誘い込みとバブルの傾向をもたらし、その果てに都市化のデッドエンド、すなわち恐慌を周期的に発生させる。都市化がもたらす「大都市」(国家の枠組みを超えた巨大な都市開発)の背面にあるのは、地価の高騰を背景にした土地面積の縮小や不況による予算規模の削減等を理由にした、低予算・低報酬・短時間の建築的実践──いわば「貧しいプロジェクト」──である。とりわけ新自由主義の落とし穴が明らかになった2007年の経済不況以降、建築プロジェクトの際限のない縮小は世界の建築家の喫緊の課題であり続けている。
こうした状況を背景に、本稿では現代の建築分野を代表する建築理論家のひとりであるピエル・ヴィットリーオ・アウレリの建築論を取り上げる。アウレリの議論に通底しているのは、「労働」への批判的認識である。建設に関わる労働のみならず、1950-60年代にイタリアで展開したオペライズモ(労働者主義)、居住空間における性別分業など、彼の労働に関する記述は多岐にわたる。本稿は、アウレリによる労働と建築の関係を規定するいくつかの概念を取り上げ、再構成することで、今日の建築家が直面している「プロジェクトの貧しさ」に対し、彼の建築論がもちうる有効性を精査することを目的とする。
アウレリの言説を考察しながら、各節は以下のように展開する。第一節では、建築家による仕事=作品の神秘化によって建設労働の疎外がもたらされ、結果としてこれが建築家自身の労働環境を悪化させている状況を確認する。第二節では、危機的な社会状況において創造的な建築的実践がなすべき役割について考察する。アウレリがベンヤミンの「破壊的性格」を参照しながら提示するのは、情報・物語・信念が氾濫する都市空間を部分的に切断・分離する「例外的な場所」を建築プロジェクトによって仮設することであり、その実現においては、事物・空間・建築・土地の所有権の改革・再組織化が重要な課題となる。第三節では、アウレリの主要な理論的概念である「絶対建築 absolute architecture」の内容を概観し、オペライズモを理論的支柱としたアウレリの理論が「対抗ロジスティクス」としての側面をもつことを指摘する。アウレリの理論が現代の社会環境に対してクリティカルな視点をもつのは、まさにこのためである。
1. 労働の疎外
1.1 建築における労働と仕事
まずはアウレリが建築における労働について集中的に論じた「建築における労働と仕事」(2018年)の内容を概観しよう。建築家の労働環境を批判的に検証した事例はほとんど存在しないが、アウレリが指摘しているように、皮肉なかたちで実現している例がある。2014年に開催された、ヘルシンキ・グッゲンハイム美術館の国際コンペだ[1]。一次選考で提出された1715点の作品をすべてインターネット上で閲覧できた本コンペは、世界中の設計事務所が費やしたあまりも多くの作業を可視化することになった(Fig. 1)。
グッゲンハイムが受け取った提案の量は、建築の労働力がいかに簡単に消耗品とみなされるかを示している。しかし、たとえこの展覧会が、私たちの職業において労働がいかに頻繁に無報酬かつ浪費されるかについての洞察を与えるとしても、この状況は氷山の一角と考えるべきだろう。建築における労働は、設計や建築だけでなく、清掃や管理など、専門的な業務を維持するために必要なすべての活動を含んでいるが、それらが最終的な建造物や出版物に見えることはほとんどない。
Aureli, Pier Vittorio, “Labor and Work in Architecture,” Harvard Design Magazine 46 (Fall/Winter, 2018).[2]
「作品」として建築家が建築物を発表することは、なかったことにされる無数の労働に支えられている。アウレリは建築分野に限定した上で、まずは労働や仕事といった用語の欧米圏における一般的な位置づけを整理している。まず、「労働」(labor)が建築物の建設・運営に関わる精神的・肉体的労力の総体であるのに対し、「仕事/作品」(work)は労働行為の最終的なアウトプット、すなわち、いわゆる「建築」(architecture)として認識されるものを指している[3]。
建築分野では、往々にして建築物や模型、図面、テキスト、書籍などの成果物が「建築家の仕事」として位置づけられる(こうした欧米圏での労働/仕事の認識は、おおむね日本でも対応すると思われる)。ここでの仕事という言葉は、制作物の著者的な側面──当のプロジェクトや建築物が建築家の作品(oeuvre)であるという考え──を想起させる。他方で「労働」は幾分イメージが難しいところだが、建築分野においては、建設労働だけではなく、個人のメンテナンスから建築家が実務を維持するためにこなさなければならない雑用まで、「仕事」の生産を維持するために必要なすべての努力=疲労(fatigue)を扱う。雇用主あるいはスタッフとして建築設計を実践している人々は、自分たちの仕事の多くが管理・経営的な労働に関わるものであることを承知している。が、講演や雑誌、書籍、ウェブサイトといった媒体でひとたび建築が公表されれば、労働は完全に消え去り、個人の建築家があたかも魔法のように当の創造物を実体化させるかのよう見せるのである。
こうした建築分野における労働/仕事の一般的語法は、概ねハンナ・アーレントの労働/仕事/活動という三区分に対応するように見える[4]。しかしこうした問題は、ケネス・フランプトンのようにアーレントの仕事/労働の区別を建築に適応し、建築分野における当の区分の曖昧性を指摘してみたところで、決して解決はしないだろう[5]。問題は労働の疎外であり、ここでは建設に関わる従来の「労働」だけではなく、これまで「仕事」とされていた行為の疎外が含まれている[6]。
1.2 建築における原作者性の確立
この問題に関しては、建築において「原作者性」(authorship)が確立した歴史的経緯を確認することが有効だと思われる。まずはルネサンス期に建築の原作者性を確立したアルベルティについて、建築史家マリオ・カルポの記述を参照しよう。
オリジナルで、自著による作品(たとえば、芸術家の手により作られサインされた作品)は、その原作者が何も媒介させずに作るものである。しかしアルベルティ的な、代著による建設の方法において、原作者によって本当になされる唯一の仕事は、建物のデザインである──それは建物そのものではない。それは定義からして他人によって作られるのだ。アルベルティにとって、原作者であることが、言わば図面から建物まで延長するのだと主張するための唯一の方法は、建物とそのデザインを完全に同一であると見なされなければならない、と要求することであった。(……)建物とそのデザインは、表記法の上でのみ同一でありうるに過ぎない。それらの同一性は、一方を他方に変換する仕方を決めている、表記システムに依存するのである。この表記法の上での同一性という条件が満たされるとき、図面の原作者が建物の原作者になる。そして建築家は、ある建物に対する、何らかのかたちでの所有権を主張することができるのだ。
マリオ・カルポ『アルファベット そして アルゴリズム』[7]
建築家が建物の原作者性を大々的に主張することになるのはルネサンス期であり、これは図面の表記法が確立する時期と軌を一にしている。
他方でブルネレスキがアルベルティとは異なる仕方で「最初の近代建築家」となったことは興味深い。アウレリはブルネレスキの「捨て子養育院」(Fig. 2)ついて、ふたつの尺度の立方体モジュールが建築全体に厳密に適応された空間構成になっている点、部材の装飾が徹底的に標準化されている点、色彩がグレーに統一されている点などに注目し、こうしたデザインの指針には守秘的な側面が強く当時強い権力をもっていた石工や絹織物などの職業組合(ギルド)から芸術的な自治権を奪う意図があったことを指摘している[8]。すなわち、現場の職人の即興的な判断を奪うために建築形態あるいは空間構成が抽象化し、造形理論が先鋭化したという解釈である。ブルネレスキが、壁で囲まれた空間としてではなく、明確に定義された輪郭線からなる骨格として建築をイメージしたのは、建築形態を一貫したデザインのなかで決定したいという欲求だけでなく、建設者の役割をあらかじめ決められた行為の遂行に還元することで、建設プロセスをコントロールしようという意志があったからだ[9]。こうしたブルネレスキの態度は、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂のドゥオーモ建設における装置の開発・運用にもあらわれている。
1.3 新たな協働のかたちに向けて
アウレリは、「建築家が建設者を労働者に降格させることに加担したとすれば、今日、同じような降格のプロセスが私たちの職業に起こっている」と指摘する[10]。アウレリによれば、きっかけとなったのは18世紀のエンジニアと建築家の明確な区別である。当時建築家が作品の芸術性を重視するようになった一方で、技術者は工業化の進展に伴う建築技術の進歩に着目した。加えて同時期、建築家が設計に専念できるよう、施工図の作成、管理業務、プロジェクト管理など、骨の折れる労務を数人のアシスタントに任せる必要があったため、今日のような建築事務所の形態が誕生することになる。建築家が芸術的な側面に固執するあまり、建物を計画・建設するために必要な専門的・実務的・技術的知識が次第に建築家から失われていった。結果として、建築家の仕事は専門的な知識を必要としないぶん、使い捨ての労働力として搾取されやすい傾向をもつことになった。以上が今日の建築家が立たされている「労働の疎外」に関するアウレリのおおまかな位置づけだ。
アウレリは、こうした状況を打破し、建築家が自身の主体性を取り戻す唯一の方法は、建築デザインにおける新たな協働(cooperation)のかたちを見つけることであると明確に位置づけている[11]。建築家、建設業者、エンジニア、教育者、歴史家、評論家、グラフィックデザイナー、編集者、写真家、技術者といった、設計や建設のプロセスに関わるすべての職業を同一平面に位置づけ、労務を均等に分配する協働の形式を開発すること。ここでは階層的・搾取的な関係や単一の原作者性にもとづくのではなく、分化した専門知識の共有をもたらすような、建築の新たな制度的定義を必然的に巻き込むだろう[12]。「貧しいプロジェクト」に対処するためには、まずもって近代的な設計プロセスそのものを変容させていく必要がある。
2. 破壊的性格と所有権の解体
2.1 危機と創造性
「貧しいプロジェクト」に直面した建築家は、どのような仕方で、どのような理念と仮説をもって創造的な取り組みをおこなうべきか。危機と創造性のあいだの深刻な関連性に対して、アウレリはヴァルター・ベンヤミンのふたつの短いエッセイ、「破壊的性格」と「経験と貧困 」を参照する[13]。「破壊的性格」が執筆されたのは、1929年の世界恐慌の後、ファシズムが台頭するドイツとヨーロッパの歴史のなかでも最悪の時期にあたる1931年である。ベンヤミンはこう書いている。
破壊的性格がかかげるのは、〈場所をあけろ!〉というスローガンだけであり、その行動も、〈とりのぞき作業〉のほかにはない。さわやかな空気と自由への渇望は、いかなる憎悪よりもつよい。(……)破壊的性格は、いかなるヴィジョンもいだかない。欲望もあまりない。破壊したあとに何があらわれるかなど、破壊的性格にとっては、つまらぬことかもしれない。かつて〈もの〉が存在していた場所、犠牲者が生きていた場所に、さしあたり、すくなくとも一瞬間、何もない空虚な空間ができる。この空間を、占有することなく、使いこなせる人間が、いずれはあらわれるだろう。(……)破壊的性格は、既成のものを瓦礫にかえてしまう。しかし、それは瓦礫そのもののためではない。その瓦礫のなかをぬう道のためなのである。
ベンヤミン「破壊的性格」[14]
このときベンヤミンの関心をとくにひきつけていたのは、パウル・シェーアバルトの文学作品とベルトルト・ブレヒトの戯曲だった。シェーアバルトの『ガラス建築』(1914年)は世界全体が透明な風景へと変容しうると考える一種の建築論で、ブルジョワのインテリア、すなわち19世紀の支配階級が居住空間の快適さのために培ってきた固定的な建築空間が批判された。ガラスは他の物体を寄せ付けない、硬質でなめらかな情緒のない物質だ。「秘密主義の敵であり、私有制度の敵」[15] であるガラスには痕跡を残すことができないがゆえに、ガラスでできた家においては伝統的な生活が不可能になる。ベンヤミンはブレヒトの演劇にも同様の性質を見る。プロレタリア化する知識人の問題について明晰に自覚していたブレヒトは、1930年前後に『教育劇』(Lehrstück)と銘打たれた戯曲を発表・上演し、芸術生産と消費の新しい関係性を措定しようとした。『教育劇』では観客が役者になったり、労働者が異なる役で出演するといったことが試みられ、遊びと学びの機能を複数人が相互的に検討するための素材が「演じること」を通して提供された。ここでは従来の劇形態の枠組みにおける「観客」が劇に参加する構造があったのである(いわば戯曲という作品を複数人で「共有」したわけだ)。
2.2 タブラ・ラサをもたらす建築
ベンヤミンがシェーアバルトとブレヒトの試みに見出したのは、近代がもたらした貧しい経験の内部から、安定した基準点を喪失させる空白=タブラ・ラサをもたらす可能性だった。アウレリは、ベンヤミンが措定した破壊的性格に対応する20世紀初頭のラディカルな建築提案として、ル・コルビュジエの「メゾン・ドミノ」(1914-15年)およびハンネス・マイヤーの「コープ・ジンマー」(1926年)を取り上げる。
第一次世界大戦初期、ル・コルビュジエが戦争で破壊されたベルギーとフランスの街の再建することを目標に開発した建設システムであるメゾン・ドミノ(Fig. 3)では、建築家の役割が単なる構造体=フレームの構築へと還元され、外壁や間仕切り壁の設置は住み手に任された。戦争によって発生した瓦礫を間仕切りや外壁に用いれば費用も最小限に済み、戦後の資材不足にも対応でき、同時に都市のクリアランスも完了する。結局のところ、メゾン・ドミノとは建物のデザインではなく建設及び経済的プロセスのデザインだったのだが、それは住空間のありかたを根本的に提案し直すことから始まり、最終的には都市全体の再設計を突きつけた。仮設の鉄骨と中空タイルを用いた型枠のいらないコンクリート・スケルトンと住民による自助建設という、異なるスケールでの「建設」が住居というプログラムに結びつけられた点は、ブルネレスキの実践と同様に建設労働を疎外する側面をもっている一方、家具や室内装飾を濫用した19世紀の居住空間とは異なる、新しい私有財産の観念を確立したことをアウレリは強調する[16]。ここでは住民が自ら空白を埋める(建設に労働者として参加する)という行為を通して、住空間が私有財産化し、所有権が確定するのだ。こうした仕事がもっている著作性の分配とも言える仕組みは、ブレヒトの演劇にも通じるものである。
対してマイヤーのコープ・ジンマーでは、住まい手の個性の徹底した捨象に加え、家具は匿名的で、そのほとんどが可動式となっている(Fig. 4)。これらは所有の対象としてではなく、単なる使用の対象としてレイアウトされている。シェーアバルトのガラス建築と同様、この建築に痕跡を残すことは困難で、ここでは建築空間の所有権を超えた都市生活が示唆されているといえよう。当時、ベルリンのような大都市では、経済情勢の不安定さのために住民の多くが頻繁な転居を余儀なくされていた(ベンヤミンがそうであったように)。この新しい状況に対して、建築家は所有の感覚に根ざさない生活形態の可能性を見出すことを余儀なくされた。マイヤーは個人の領分を極限まで削ぎ落とすことで、食事のスペースや談話のスペースなどをこの部屋の外側に、共同運営される場所として位置づけようとしている。
2.3 所有権の解体
メゾン・ドミノとコープ・ジンマーはいずれも資本の破壊的性格が前例のない強さで顕在化する住宅スケールのプロジェクトであり、同時に、広く都市を対象とした提案でもある。他方で決定的な違いもある。メゾン・ドミノは自助的な建設によってその空白が埋められ、まさにその労働によって所有権を居住空間に根付かせようとするのに対し、マイヤーのコープ・ジンマーが示唆するシナリオはその逆で、徹底した私有財産の放棄だからだ。コープ・ジンマーで問題になっている新たな主体性は、経験の貧困を認識した上で、破壊的性格によってつくりだされた空虚な空間を「占有せずに使いこなせる」人々であり、「さわやかな空気と自由」を渇望するそうした主体性のため、まさに空白が空白のまま堅持される[17]。経験、すなわち「たえず年上の世代から年下の世代へと伝えられてきたもの」[18] が砕け散った世代にとって問題となるのは、たんに私的な経験が貧しくなることではなく、むしろあらゆる種類の情報に巻き込まれることだ。「おびただしい思考の波がおしよせてきたが、この嘆かわしい思想の氾濫も、じつは巨大な貧困の裏がえしにすぎない」[19] のである。経験の貧困に直面し、「最初からやりなおしをするほかはない。あらたにはじめるのである」[20] と開きなおる、否定性を可能性に変える野蛮な態度こそが、情報・物語・信念が氾濫する都市空間を部分的に切断・分離する可能性をもたらす。
現在、世界的に取り組まれている建築におけるアクティビスト的な参加型実践に対してアウレリは、「現状の社会的・政治的条件をそのまま維持することを病理とする社会改良主義症候群の最新の反復」であると厳しい批判を展開している[21]。「真に異なる何かを始める可能性」[22] に向けた事物・空間・建築・土地の所有権の改革・再組織化がもっとも重要な論点になる。
3. 都市化に抗する都市──対抗ロジスティクスとしての絶対建築
3.1 絶対建築
アウレリは、建築物の個別性・完結性が周辺環境(都市空間およびその統治形態)と厳しく対峙する状態を「絶対的」(absolute)という述語で表現し、際限のない都市開発に抗して単体の建築物がもちうる批評性を様々なかたちで論じている。建築形態の「絶対性」(absoluteness)はその原義的な意味である「分離された」(separated)[23] として理解される。アウレリはこうした「分離」という性格に、複数の絶対建築が都市に向かう形式として「群島」のアナロジーを繋ぎ合わせる。部分(=島)が併置される共通の場において、それらが分離されつつも一体となっている状態がアウレリのいう「群島」であり、統合装置としての「都市化=海」に抗するように、群島は「部分=島」の間断なき闘争として都市を記述する。このとき〈島〉の形態は有限だが、まさにこの有限性によって、〈島〉同士の、あるいはそれらを枠付けて境界を定める〈海〉との間の対比的な関係がもたらされる[24]。
こうした問題意識は、彼のキャリアのなかでも最初期にあたる2004年の論文「建築と内容」において既に定式化されている[25]。コールハースの「ジャンクスペース」の引用からはじまるこの論文は、新たなスケールの都市開発によって建築が突きつけられた最も重要な問題、すなわち「建築形態の軽視」に対抗して、形態(form)の今日的な意義を語っている。端的に、建築においては「形態の出現の困難さ」そのものに、その批評的機能が宿る。建築において、形態が生成される際には幾何学的・言語的・思弁的・技術的・経済的・生物学的・社会学的な抵抗・葛藤が生じる。結果として形態は「ある原因の物理的な顕れとして生じる類いの記号」[26]となり、設計プロセスにおける諸々の葛藤の痕跡を保存する場所となる。さらに、「はっきりとした根拠をもち、断言され、確立された物体=客体性(objecthood)であることによってのみ、形態は理解可能なもの(intelligible)」[27] となる。だからこそ、外部と区別しうる明快な形態をもった建築(「絶対建築」)をある戦略をもった仕方で表象・提示することが重要になるのである。
3.2 都市化からロジスティクスへ
絶対建築が抵抗の対象とする「都市化 urbanization」は都市計画家イルデフォンス・セルダによって導入された新しい言葉であり、アウレリによれば、このとき歴史的なモデルとされたのはローマの「ウルプス urbs」だった[28]。古代ローマ人にとって、ウルブスは都市における政治的合いを欠く建物やインフラといった物質的な人工物として位置づけられていた。ウルプスをモデルとした「都市化 urbanization」がもたらすのは接続と統合の空間であり、経済的なレベルでの拡張を際限なくもたらす。対して「都市 the city」は、ウルプスの対概念であり、市民権の条件または市民権を得る権利を意味する「キウィタス civitas」と語源的関連をもっている。アウレリは、「都市化 urbanization」と「都市 the city」を語源に遡って厳密に区別し、際限なく拡張する都市化の〈海〉に抵抗する複数の〈島〉を描き出そうとする[29]。
都市化によってもたらされるのは、際限なく拡張しうる「大都市」である。大都市とサイズの上限をもつ都市を厳密に区別し前者を批判するアウレリの態度は、そのまま今日の物流環境、ロジスティクスへの批判として読むことが可能だ。
陸と海が一体となった領土統治機構が形成されたのは、第二次世界大戦の後である。1960年代から1970年代にかけて起きたコンテナ革命は、埠頭/船/トラック/駅/列車/倉庫を新しい容積基準(TEU:Twenty-foot Equivalent Unit)によって根本的に再構成した。樽や木箱で保管されていた貨物は、匂いや乱れ、事故、生理的負担のないコンテナ内に梱包され、各々にコード化され管理されることになった。こうしたコンテナ革命が、現在のサプライ・チェーン──国家を越えた生産システム──を生み出す基盤となる。ロジスティクスにおける合理性は、原料・商品・労働力を「ちょうどそのときに、その地点まで」(just in time, to the end)、精確かつ高速に移動させることだ。これを至上命題として、様々な技術・規範が形成されたのである。
数多の人々を巻き込む国境を越えた供給網の確立は、共通のハードとスタンダードによる原料や商品のなめらかな交換を実現しているが、そこでは原料・商品の交換を成立させている労働もまた「交換可能なもの」へと変容している。生産拠点が地球規模で分散しているがために、ロジスティクス空間における「労働」の個性は徹底して剥奪され、抽象化され、特定の個人と具体的かつ有機的に結びつくことをやめてしまう。こうした労働の抽象化は、労働が貨幣という普遍的な等価体系で測定可能なものになったという事実を示している[30]。
アウトノミア派マルクス主義の理論家として知られているサンドロ・メッザードラは、1960年代のイタリアにおけるオペライズモ(労働者主義)の理論をグローバルな現在な歴史を構成する様々な闘争に結合しようとしている人物である。メッザードラは次のように述べている。
私たちは、以下の事実について注意深く考えはじめたわけです。つまり、ロジスティクスがよりいっそう深く日常生活のなかに存在し、よりいっそう生活様式のただなかに浸透するようになった世界においては、商品の移動性だけではなしに、人や労働の移動性もまた、ロジスティクスの基準によってさらなる影響を受けるようになっているという事実です。(……)とりわけ英語圏においては、ロジスティクスという主題をめぐって、運動の内部でもまたさまざまな議論が再燃しているのです。そこから、「対抗ロジスティクス(contro-logistica/counter-logistics)」という概念がもたらされました。
『思想』2021年2月号、105頁。[31]
商品の移動性を超えた人・モノの移動性。まさにこの意味で、ロジスティクスに対抗する手段として、建築が本来的にもっている性質である「分離」が有用となる可能性がある。
こうした実践の同時代的類似性は、端的に、アウレリとメッザードラがともにオペライズモを最重要視している点からもたらされたと考えられる。オペライズモは、労働者の(生産関係の枠組みから比較すると)過剰な主体性を解読し、自律的に展開される工場労働者たちのラディカルな闘争に注目することで、「労働の拒否」をはじめとした重要な概念を生み出した。1970年代に入ると、知識や言語、コミュニケーションなどの社会活動そのものが価値生産的なものとして、ひいては(不払いの)労働として包摂されていくことになり、この境位において、「拡散する工場 fabbrica diffusa/diffused factory」という概念が提出されることになる[32]。アウレリが建築家の労働の疎外を俎上に上げるのはまさにこうした視座からである。
物流技術の発展がもたらしたのは、価値をただ生産の現場でのみつくられるものではなく、価値の差異を利用することで、価値が流通の過程で付与されるようになったことだ。これが(オペライズの概念である)「拡散する工場」の出現と、サプライチェーンによる生産-流通-消費の世界的な再編成をもたらすことになる。上述したように、1960-70年代はコンテナ革命がもたらされた時代で、ロジスティクスが飛躍的に発展した時代でもあるのだが、これはオペライズモの活動時期にほぼ重なる。すなわち、同時期に急発展するロジスティクスとの関係のなかで編み込まれたのがオペライズモの理論であり、マリオ・トロンティを理論的支柱としたアウレリの理論もまた、必然的に「対抗ロジスティクス」としての性格をもつ、と位置付けられるのではないだろうか[33]。アウレリが都市化に抗する「絶対建築」を構想することと、メッザードラが「ロジスティクスの一部を領有すること、そして運動の内部において数々の自律的な状況にインフラを構築すること」[34]を目指す態度の類似性は偶然ではない、と思われる。アウレリの建築論をロジスティクスの最新の研究との関連のなかで考察する試みは、今後の研究課題としたい。
おわりに
本稿では、「労働」に関する記述に着目してアウレリの理論を再構成してきた。建築家の労働環境を論じた第一節では、建築分野おける内在的な問題を扱った。設計や建設のプロセスに関わるすべての職業を同一平面に位置づけ、分化した専門知識の共有と、労務の均等な分配をもたらす新たな協働のかたちを見つけることが、建築家が主体性を取り戻すひとつのアプローチであるとアウレリは提示する。水平的な関係性において新たな生じる権力構造に注意を払う必要はあるものの、彼の指摘は「貧しいプロジェクト」に直面している現代の建築家が取り組むべきひとつの課題になるだろう。
しかし、画期的な協働のかたちがそのまま大都市への批判性へと直結するわけでは当然ない。第三節では、オペライズモを理論的支柱としたアウレリの理論が「対抗ロジスティクス」としての側面をもつことを指摘した。アウレリの理論は、資本主義体制がもたらした現在の物流環境に対して、建築が本来もっている「分離」という性格を理論化する試みだといえる。第二節の内容は、第一節および第三節の内容をつなぐための媒介となるだろう。危機的な状況における創造的な建築的実践が試みるのは、事物・空間・建築・土地の所有権の改革・再組織化である。これは第三節で確認した「絶対建築」によって確保される「空白」の内部でなされるべき内容であり、第一節で確認したように、そこでは建築の所有権の解体(仕事を神秘化する態度の解体と協働形式の再発明)も同時に進行する。
このように、一見すると断片的で取り留めもないように思えるアウレリの記述は、「労働」に注目することで一本筋を通ったものとして解釈することができる。とりわけ一貫しているのは所有に関する記述であり、「近代建築の次」が新たな所有や利用の形態を必然的に伴うことを予告しているようだ。プロジェクトの成立そのものが危ぶまれるような与条件の厳しさをともなう「貧しいプロジェクト」において、建築家は前例のない決断に迫られるだろう。過去に参照例が見当たらず、既存の社会的・政治的条件を肯定もできないとしたら、このときはじめて、アウレリの理論が有効性をもつ(かもしれない)。しかし、とはいえ、極限を想定するアウレリの理論が本当に有効性をもつとしたら、その状況はあまりにも危機的なのであって、(逆説的ではあるが)そんな状況で建築だけをどうのこうのしたところで、問題は根本的には解決しないと思われる。だからこそ「新たな協働の形式」が要請されるのであり、それについてはアウレリ自身も自覚的なのだ。
註
1 Aureli, Pier Vittorio, “Labor and Work in Architecture,” Harvard Design Magazine 46 (Fall/Winter, 2018), 71.
2 Ibid.
3 Ibid., 72.
4 ハンナ・アーレントは『人間の条件』において、日々の生活の必要性(生存)にもとづいておこなわれる「労働 labor」、公的な場での言論行為や政治的実践である「活動 action」、そして消費財ではなく耐久性のある事物を形成する営為としての「仕事 work」を厳密に区分した。アーレントによれば、労働によってもたらされる消費財に対し、仕事によってもたらされる事物は複数回の使用に対する耐久性をもつ。仕事によって制作された事物は一定の時間わたしたちの生の周囲で持続することで、個人のアイデンティティの輪郭を守る防壁となり、愛着を宿す対象として人々を癒やし、公的な空間における人々の結びつき/引き離しをもたらす。しかし、こうした活動/労働/仕事という古代ギリシャを規範とした三区分は、アーレント自身が見立てていたように、大量生産・大量消費を背景にひたすら経済性に資する労働(およびそれに付随する消費財)が前景化する20世紀には、すでに成り立たないものだった。
こうしたアーレントの三区分は、マルクスにおける労働と仕事の同一視を批判することが前提となっている。さらにアーレントは、マルクスが労働を人間の本質的な営みと規定・賛美しつつ、同時に人間を労働から解放することを目指している矛盾を指摘してもいるが(『人間の条件』160頁) 、アーレントのこうしたマルクス読解は「誤読」であることがしばしば指摘されている。上記の矛盾でいえば、アーレントはマルクスの労働観における「生命維持のための必然的な労働」と「自己目的としての自由な労働/活動」の区別を見落としており、さらに、マルクスが労働を賛美したというアーレントの指摘も誤りで、実際にマルクスは「疎外された労働」を強く批判している。アーレントの労働/仕事/活動の原理的な区分に対し、マルクスが理想的な可能性として措定した自己実現的な労働(アソシエイトされた労働)は、これら三つの要素をすべて包摂する性格をもっていた。ただし、アーレントとマルクスはともに、個人の活動が資本主義のシステム(労働と消費のサイクル)のなかで埋没してしまう事態を批判しており、この意味で両者の視座はむしろ共通していると言える。アーレントのマルクス読解については百木漠『アーレントのマルクス: 労働と全体主義』(人文書院、2018年)を参照。
5 Frampton, Kenneth, “The Status of Man and the Status of His Object: A Read ing of The Human Condition,” in Architecture Theory Since 1968, ed. K. Michael Hays (Cambridge, Mass: MIT Press, 1998), 362-377.
6 マルクスが労働の疎外論で問題視している点について、斎藤幸平は以下のようにまとめている。
マルクスの疎外論が問題視しているのは、労働が自己実現や自己確証のための自由な活動ではなく、窮乏化、労苦、人間性剥奪、アトム化を引き起こす活動に貶められている近代の不自由な現実のあり方である。こうした状況に対して、マルクスは、「私的所有のシステム」の廃棄による労働疎外の克服を掲げ、人々が他者とのアソシエーションを通じて、自由に外界へ関わり、労働生産物を通じて自己確証を得ることのできる社会の実現を要求したのだった。
斎藤幸平『大洪水の前に:マルクスと惑星の物質代謝』 (堀之内出版、2019年)、35-36頁。
7 マリオ・カルポ『アルファベット そして アルゴリズム: 表記法による建築──ルネサンスからデジタル革命へ』美濃部幸郎訳(鹿島出版会、2014年)、41-42頁。
8 Aureli, Pier Vittorio, “Do You Remember Counterrevolution?: The Politics of Filippo Brunelleschi's Syntactic Architecture,” AA Files 71 (2015), 147-165.
9 Aureli, Pier Vittorio, “Means to an End: The Rise and Fall of the Architectural Project of the City,” The City as a Project, Ruby Press (2013), 23-25.
10 Aureli 2018, 79.
11 Ibid., 81.
12 資本主義の発展が引き起こす社会的・文化的変化を、知識人が外部の視点から扱うことはもはや不可能であることを理解していたのはマンフレッド・タフーリも同様である。タフーリにとって資本主義は賃労働の論理によって構成されており、知識人もまたそこに組み込まれているため、外部の立場などそもそも存在しなかった。批判的・政治的言説はまず第一に、「他者」(労働者)ではなく、(資本主義的生産の効果に関する継続的な文化的媒介の役割を担う)「労働者としての知識人」に向けられる必要があった。以下を参照のこと。
Aureli, Pier Vittorio, “Recontextualizing Tafuri's Critique Of Ideology,” Log 18 (Winter 2010), 89-100.
13 Aureli, Pier Vittorio, “The Theology Of Tabula Rasa: Walter Benjamin And Architecture in The Age of Precarity,” Log 27 (Winter/Spring 2013-a).
14 ベンヤミン「破壊的性格」、『ヴァルター・ベンヤミン著作集 1 暴力批判論』高原宏平訳(晶文社、1969年)、92-95頁。
15 ベンヤミン「経験と貧困」、前掲書、102-105頁。
16 Aureli, Pier Vittorio, The Dom-ino Problem: Questioning the Architecture of Domestic Space, Log 30 (Winter 2014): 153-168.
17 ピーター・アイゼンマンはメゾン・ドミノのパースペクティブ図に見られる「不可解な点」(階段横の切り欠き、手前の基礎ブロックの床スラブからのはみ出し、短辺と長辺からの柱のセットバック距離の違いなど)をいかなる用途的・構造的・構法的要請にも動機づけられていない「意図的な冗長性 intentional redundancy」と位置づけ、それらが自己言及的なサインとして働くことで、メゾン・ドミノが別ユニットと接続・延長されうるシステムとして表示されていることを指摘した(Eisenman 1979.)。「意図的な冗長性」はコープ・ジンマーにも見いだせるだろう。その部屋の内部には、空虚な壁面とは対照的に、曲線を描く蓄音機と正体不明の成分が入った瓶のケースがはっきりと確認できる。これらの「余分なもの」は、ベッドや壁に掛けられた折りたたみ椅子以上に、必要性だけでなく、わずかばかりの「選択性」をこの居住空間にもたらすものだ。コープ・ジンマーの最小限の住まいが、必要性に駆られただけでなく、住まい手が意図的に選んだ生活形態であることを示唆しているのである。いずれも、「空白を空白のまま」提示・表象するための工夫だといえる。
18 ベンヤミン「経験と貧困」、前掲書、98頁。
19 ベンヤミン「経験と貧困」、前掲書、100頁。
20 ベンヤミン「経験と貧困」、前掲書、101頁。
21 Aureli 2013-a, 125.
22 Ibid., 127.
23 Aureli, Pier Vittorio, The Possibility of an Absolute Architecture (Cambridge, Mass: MIT Press, 2011), 31.
24 Ibid., pp.xi-xii.
25 Aureli, Pier Vittorio, “Architecture and Content: Who's Afraid Of the Form-Object?,“ Log 3 (Fall 2004).
26 ロザリンド・E・クラウス『アヴァンギャルドのオリジナリティ: モダニズムの神話』小西信之・谷川渥訳(月曜社、2021)、319頁。
27 Aureli 2004, 36.
28 Aureli, Pier Vittorio, “Appropriation, Subdivision, Abstraction: A Political History Of Urban Grid,” Log 44 (Fall 2018), 158-161.
29 彼は〈群島〉というアイデアを基盤として、都市化に対する「分離」という性質をもった〈島〉と、〈海〉を批判的に表象する建築的提案を明確に分別している。前者は「絶対建築 Absolute Architecture」を志向するパラーディオやブーレー、ウンガース、ピラネージ等が位置づけられる。一方後者は彼が「非形象建築 Nonfigurative Architecture」(Aureli 2009)や「質のない建築 Architecture without Quality」(Pier Vittorio Aureli Interviewed by 0300TV, ARQ ediciones, Venecia, 2012, pp.154-159.)といった複数の術後で形容する建築的実践を志向する一派であり、ブルネレスキ、J. N. L デュラン、セドリック・プライス、ヒルベルザイマー、アーキズーム等が位置づけられる。これはあくまで権利的なカテゴリーであり、事実として建設される建物はどちらの特徴も少なからずあわせ持つことに注意しよう。どちらか一方の特徴だけで成立するのはアンビルドのドローイングだけである(現にアウレリの挙げる例にはアンビルドの建築家が多い)。たとえば「島/海」という対概念の、どちらの特徴もよくあわせもつ建築家の代表はミース・ファン・デル・ローエである。アウレリは、建築自体はグリッドに極めて厳密でありつつ、「台座」によって都市空間との分離を表象しているミースの建築に切断を内包した建築的知性を見出している。
30 ロジスティクスについては以下の論考を参照している。
北川眞也・原口剛「ロジスティクスによる空間の生産」、『思想 2021年2月号』(岩波書店、2021)、78-99頁。
31 『思想』、前掲書、105頁。
32 『思想』、前掲書、116頁。
33 アウレリの主著『プロジェクト・アウトノミア』は、オペライズモの理論を建築理論へと接続することが試みられた書籍である。アウレリがオペライズモから引き継いだ視点・戦略は以下のようにまとめることができる。
a). 循環-流通-消費のサイクルに着目する資本制の分析(正統派マルクス主義)から、生産システム内部に潜む政治的権力とそこでの労働者の政治的主観性への議論の移行(パンツィエーリ)。
b). 技術発展第一主義と国家の市場への介入が合流したニューディール政策以降の後期資本主義(新資本主義)においては、社会総体が「工場化」している(トロンティ)。
c). 新資本主義の生産体制に抗するために、労働者自身に備わる力(究極的には「労働の拒否」)を再評価し、それを準備しうる労働者の自治空間を都市に設けること。具体的には、資本制の内部で「否定的思考」を批判的に実践するという視座から、資本制的発展を遂げた既存の都市の内部に、“部分的に”、そこから切り離された自律した場を「発見」もしくは「構築」すること(トロンティとカッチャーリ)。
アウレリの「群島」概念は、「赤いウィーン」を範としつつ、資本主義的体制の「内側」で社会主義的な自治領域を構築すること、つまり資本制の「例外」となる閉じた場を配することで、既存の都市構造を否定するのではなく利用しつつ──「全体計画」なしに、離散的な「点=例外空間」をところどころに配置していくことで──都市構造を改変しようとする試みだと考えられる。
34 『思想』、前掲書、109頁。
参考文献
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サンドロ・メッザードラ『逃走の権利──移民、シティズンシップ、グローバル化』北川眞也訳(人文書院、2015年)。